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よく「理想を考えない現実派」なぁんて言われる人もいれば「理想ばかりで現実味がない」なんて言葉を聞く事もあります。
理想と現実は言わずと知れた対義語ですから、そんな感じでよくセットで使われるわけです。

でも僕としては、理想を思い描かない人は現実派ではないし、現実に目を向けない人は理想派でもない、と思ってます。
片方だけじゃ足りないと思うんです。

一つ例を挙げると、僕の身長は189cmです。さてこれだけを聞かされて、どう思うでしょう?日本人から見たら「わりと大きい」って思う人が多いかもしれません。でも、ほかの国の人から見たり、あるいはバレーボール選手の中に混じったりすれば決して大きくはない、むしろ小さいと言われる事もあるでしょう。
まぁ当たり前の話ですよね。

ここで僕が何を言いたいかというと、身長189cmを自慢したいと言う事です。
違います(ぉ
そう言うことじゃなく、189cmという数字だけでは、それは大きいとも小さいとも言える。逆に言うと大きいとも小さいとも言えない。と言う事なんです。比較する何かがあって初めて、189cmが意味を持つわけです。

理想と現実も、身長の話と同じ。ある現実を見たとして、それだけでは何も意味がないんです。
理想と比べる事で初めて現実は意味を持つわけですね。たとえば僕の場合なんかだともっとギターが上手になりたい。なんかもう、凄いこと弾いてみたい。「うわ、凄い、あの人天才?」とか言われてみたい。でも現実はとてもそのレベルじゃない。現実はコードストロークとアルペジオしかできない。挙げ句「上手くなりたい、凄いこと弾いてみたい」とか理想の内容ですらアバウトすぎて伝わらないくらい低レベルな訳です。まぁギタリスト的には下っ端ですね。カスですよ、カス。よし、死のっ(待て
まぁそんなわけで、このままじゃあかん、もっと練習せなって話になるわけです。ほら、これでやっと「僕の実力」と言う現実に意味が出てきたわけです。

今でこそそんなことを考えてますが、ギターを初めた頃の僕なんかひどいもので、ちょっときれいに音が出たってだけで「ヤッベ極めた、俺もう弾けちゃったよギター。どうしよプロとかになっちゃったらヤッベ、サイン考えとかないと」とか頭おかしいこと考えてたんですね。徹頭徹尾狂ってますね。さすがにサインのクダリは嘘ですが、あの頃の僕にとっての理想と現実はその程度だったって事です。

ここまで書いて分かるとおり、理想と現実は両方見ないとダメってのは前提としてあるわけですが、さらに理想をどう置くかで現実の意味は大きく変わっちゃうんです。不思議なものですね。
全く同じものを何人かで見た場合でも、それぞれ違うものを感じてるわけです。もしかしたら見た目自体が違うんじゃないか?って勢いで。それぞれが頭のどこかで、それぞれ自分の描く理想と比べているがゆえですね。

理想と現実、偏らないよう、常に両方を見てバランスよく生きていきたいですね。

P.S
で、なかなか切り出しにくかったんですが、僕の身長189cmだなんてのは嘘です(ぉ

アイデア身長計ぞう




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